会社員時代のマーケティングⅠ

広告宣伝部

アパレルの会社に就職しました。配属は百貨店の店頭で紳士服カジュアルの販売。

マーケティングとは無縁?

いや最前線だったかもしれません。

 

1981年当時。百貨店は抜群の消費者動員を誇っていました。

10坪の売場で社員2名、アルバイト2名で年間2億円を売り上げていました。

ただ、その当時からアパレルの一流企業のマーケティング活動を目にするようになり、レナウン艦隊の商品開発から広告・販促展開に魅せられていました。

紳士服ダーバンやインターメッツォ、イクシーズなど…どんどん新しい風を送られ、「人のパワー」だけで応戦する自社にしんどいものを感じていました。

そしてマーケティング活動…特に、広告宣伝に魅力を感じました。

 

新卒からわずか1年7か月で転職することになります。

金融業…世間の目はきびしくも、会社の進む方向や内部の取組には斬新で新しいものを感じていました。

自己申告の制度があり、アパレル時代にあこがれになった広告宣伝の世界をはっきりと意識するようになり、営業の最前線にいながらもマーケティング活動のリーダーを買ってでるなど、実施にマーケティング活動として動きはじめました。

苦節7年…営業店の支店長なども歴任しながら願望がかない、広告宣伝の仕事をすることになります。

 

電通を軸に近畿二府四県の広告・販促活動のPDCAというところです。

マーケティングという言葉はまだお目にかからない時代です。

テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、交通、折込、街頭配布物など多岐に亘る広告投下と反応調査、他者・業界状況などを見ながらの仕事でした。

 

金融ですから顧客獲得の90%は広告宣伝力。プレッシャーとヤリガイの板挟み時代でした。